『愛という名のもとに』(1992年)について調べていた時、次に書こうと思ったのが『この世の果て』(1994年)だった。頭の中に流れてきたのは尾崎豊による主題歌『OH MY LITTLE GIRL』のメロディ。90年代のドラマを振り返ると、映像よりも音楽が記憶を引きずり出すことが多い。この作品もまさにそうした一本である。
『愛という名のもとに』の挿入曲は、好きだったのにいつも思い出せない
鈴木保奈美の勢いがあった頃、いまあらためて映像を見るときれいだ
あらためて振り返ると、この時期の鈴木保奈美の存在感は際立っていた。ここでも主演を務め、90年代前半の連続ドラマを象徴する女優であった。ファンではなかったが、いまYouTubeで当時の映像を見ると素直に「きれいだな」と感じる。自分が年を重ねたことで女性に対する感覚が変わったのかもしれない。もう一人の主演は三上博史。こちらは好きな俳優であった。演技はうまい。どこか影を背負った雰囲気があり、いい男だと思っていた。『この世の果て』はタイトルから想像される通りに内容は明るいものではない。重く、暗い物語だったが、それでもなぜか惹きつけられた記憶がある。
尾崎豊はアーティストではなく、お騒がせな人として認識していた
曲の話に入る前に尾崎豊という存在について触れておきたい。僕にとって彼は、最初からアーティストとして認識された存在ではなかった。一番に思い出されるのは突然の死。そして、数々のスキャンダルである。尾崎豊は1987年に覚醒剤取締法違反容疑で逮捕されている。この事件の報道で彼の名前を知ったと思う。1991年には既婚者でありながら、女優・斉藤由貴との不倫が報じられた。音楽を聴くより先にワイドショー的な文脈で存在を刷り込まれていった記憶がある。
尾崎豊の曲で初めてしっかりと聴いたのはあの有名な『I LOVE YOU』
その不倫報道があった1991年、初めてしっかりと聴いた尾崎豊の曲が『I LOVE YOU』であった。素直にいい曲だと思った。いまでも多くのアーティストがカバーしており、若い世代にも知られているであろう。そこから遡る形で、ファンが多いデビュー曲『15の夜』(1983年)を聴いた、という流れだった気がする。
『この世の果て』は尾崎豊の死後に制作、その事実を反映しての切なさ
そして、尾崎豊は1992年に亡くなっている。つまり、『この世の果て』は死後に制作され、そこで主題歌『OH MY LITTLE GIRL』に出会う。この事実をあらためて確認した時、曲に漂う切なさの理由が腑に落ちた。
『OH MY LITTLE GIRL』はドラマの予告編で出会ったと記憶している
『OH MY LITTLE GIRL』を初めて聴いたのは『この世の果て』の予告編だったと思う。ブルーを基調とした映像が冷たい空気感を漂わせ、そこに尾崎豊の寂しげな声が重なっていた。一瞬で引き込まれた。『I LOVE YOU』よりも好きだと思った。だが、世間的な評価(好み?)は違った。カラオケでは圧倒的に『I LOVE YOU』が歌われていた。僕が選ぶのは『OH MY LITTLE GIRL』。もっとも、高い声が出るわけでもないので雰囲気だけで適当に歌っていた。前回、『愛という名のもとに』の記事でも触れたが、ドラマに関わる曲はなぜか他の人とリクエストが重なることがなかった。まあ、その方がいいんだけれど…。
『この世の果て』はもう一度見たいが、気分が落ちそうなので悩ましい
『この世の果て』はストーリーの細部よりも空気感と音楽が強く残るドラマである。冷たい色調、重い人間関係、救いの少ない展開。そして、それらを包み込むように流れる『OH MY LITTLE GIRL』。尾崎豊の歌声はこのドラマの世界観と同化していた。この曲を聴くと、また『この世の果て』を通して見たいという気持ちにはなる。その一方で、いまは閉塞感が漂う時代。余計に暗い気持ちになって落ちてしまうからやめた方がいいか…。
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