ここまで四つの記事を書いてきて、ふと気づいた。取り上げたドラマのうち三本が野島伸司の脚本。まったく意識しないで選んでいたのにこの偏りである。そこで今回は意識的に野島作品を選んでみる。TBSで放送されていた『高校教師』(1993年)にした。主題歌は森田童子による『ぼくたちの失敗』。これは(これも)いい曲だった。
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野島伸司は過去の曲を掘り起こして、リバイバルブームを生み出していた
なぜ野島伸司の作品が続いたのだろうか。理由を考えてみると彼の音楽に対する接し方に行き着く。野島伸司は音楽面で制作に関わる傾向があり、自身が選んだ既存の音楽をドラマに推奨していた。それが作品世界に深くはまり、結果的に僕の好みに合ったということなのだろう。当時は『東京ラブストーリー』(1991年)と小田和正の『ラブ・ストーリーは突然に』のように、ドラマと主題歌が一体となったタイアップのトレンドがあった。その流れに逆らうように野島伸司は過去の楽曲を掘り起こし、まったく別のリバイバルブームを生み出していた。とはいっても誰もが知る曲を選んでいたわけではない。それなりに音楽を聴いているつもりだったが、これまで取り上げた三曲はいずれもドラマで初めて聴いた。森田童子に至っては存在すら知らなかった。
『東京ラブストーリー』は主題歌が衝撃的、電車内の風景を思い出す
主演二人のその後の歩みは対照的、それでも当時の存在感は色褪せない
『高校教師』の主演は真田広之と桜井幸子である。真田広之は若い時から第一線で活躍していた俳優。そのキャリアは途切れることなく続き、ドラマ『SHOGUN 将軍』(2024年)ではハリウッドスターと呼ばれる位置にまで到達してしまった。本当に凄い人である。一方、桜井幸子は2009年に芸能界を引退している。その後の歩みは真田広之とは対照的だが、『高校教師』における二人の存在感は色褪せていない。
過激な描写と純粋さが同居、心を揺さぶられた異色のラブストーリー
物語は教師と生徒の恋愛である。一言で過激。当時、物議を醸したテーマであり、いまの基準では放送できないと思う。しかし、不思議なことに主人公、二人の間に漂う空気はどこまでもピュアだった。純愛という言葉を使うのは気恥ずかしいが、それ以外に適切な表現が見つからない。倫理的な問題をはらみながらも感情そのものは透明で、僕の心は揺さぶられた。その世界観に森田童子の『ぼくたちの失敗』が完璧にはまっていた。
森田童子の歌声は中性的、曲のタイトルは物語のテーマを反映
森田童子という名前から当時は男性だと思っていた。歌声は中性的。今回あらためて調べて、女性であることを知った。もしかすると当時も知っていたのかもしれないが記憶には残っていない。さらに『ぼくたちの失敗』というタイトルは忘れていた。いまあらためて考えると『高校教師』の内容とこのタイトル名はぴったりだ。ネタバレはしない主義なので詳細には触れないが、ラストシーンで二人が一緒にいる情景が目に浮かんでくる。
『ぼくたちの失敗』はカラオケで歌いたくならなかった珍しい名曲
『ぼくたちの失敗』は好きだったが、カラオケで歌った記憶はない。キーが高くて歌えないからという理由ではない。不思議と歌いたいという欲求がわかなかった。ほかの人も歌っていなかった。ドラマとセットで聴いていたい、BGMのように感じているのかもしれない。ところで、いま『高校教師』を見返したら何を感じるのだろうか。ラストの描写が秀逸だったので、その感触を心の中にとどめておきたい気持ちはある。見ない方がいいかな…。

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